北尾・バイオ・アキュセラ

「冷徹な金融マン」「百戦錬磨の投資家」・・・SBIホールディングスのCEO・北尾吉孝氏の一般的なイメージだろう。ところが、北尾氏にはまったく別の顔がある。バイオベンチャーのエンジェル投資家としての顔だ。
設立から数年で黒字転換していくITベンチャーとは異なり、バイオベンチャー、特に創薬系のベンチャーは、研究開発費が先行するために10年以上も営業赤字が続き、収益化のめどがなかなか見えてこないことが多い。設立から大手製薬との共同研究やライセンスアウトにこぎつけるまでの数年間は「死の谷」と呼ばれるほど苦しい期間だ。
ターゲットとする医薬品候補物質が有望であっても、あまりに長期の赤字が続くと投資家が痺れを切らして抜けてしまうケースもある。資金繰りがつかなくなって退場してしまうバイオベンチャーは少なくない。学者が立ち上げるベンチャーも多く、資金繰り以外にも経営面で不安を抱えるところが多い。ところが、北尾氏が率いるSBIホールディングスは、ベンチャー経営者の意向を汲み、支援を続けている。
「バイオベンチャーに理解の深いアントレプレナー」「本当によくしていただいて感謝している」と、北尾氏への感謝の言葉が、すでに上場したバイオベンチャーのトップからも聞こえてくる。IPO(株式公開)やM&Aなどによりイグジットした後にも、人脈を生かして経営の相談に乗ることが多いという。このイメージの違いはどこにあるのか。北尾氏に話を聞いた。
「世のため人のためになる投資」をする

――北尾さんには、冷徹な金融マンという印象があります。

それはホリエモン騒ぎの時にメディアが作り上げたものであって、まったくはずれたイメージだね。僕は私利私欲抜きに「情」と「正義」でやってきた。投資も金融、そのほかの事業も、「世のため人のため」になることしかやっていない。いいか悪いかをはっきり言うせいで毀誉褒貶がついてまわるが、自分としてはまったくブレはありません。

当グループにはネット証券やネット銀行、損害保険などがあるが、たとえば、証券手数料を大幅に下げて、投資家に利益が出るようにしている。野村(証券)の手数料はうちの23倍ですよ。銀行の預金金利も他行よりもずっと高い。損保の保険料は圧倒的に安い。こういった戦略がお客さんに支持されている。投資事業についても同じ。世のため人のためになる投資しかしない。
会社を作るときにコーポレートミッションを決めた。そのひとつが、「New industry creator」になろう、ということ。日本が「ものづくり」で世界を席巻した局面は終わり、中国をはじめとする新興国に譲らないといけない。それでは、資源のない日本はどう生きていくのか。21世紀の脱工業化社会はどうあるべきなのか。

そう考えたときに、まずIT産業、とくにモバイルや通信。次にバイオテクノロジー、そしてクリーンエネルギー、オルタナティブ(代替)エネルギーといったエネルギー産業。日本全体がこういうところに投資して新しい産業を作らんといかん、そういうところへ僕らも投資しようと考えた。

ビジネス以外にも、東京国際クリニックという最新鋭の機器を入れた病院やSBI大学院大学なども設立した。利益は出なくても世のため人のためになること、正しいことをする。儲かることだけを考えていたら「利業」になってしまう。『菜根譚』にも「徳は事業の基なり」と書かれている。

iPSを端緒にして日本にバイオ産業を興す

――SBIグループのバイオベンチャー投資は、ベンチャーキャピタルの中でも目立っています。すでにジャスダックやマザーズに上場を果たしたバイオベンチャーは10社を超えています。

1999年7月にSBIグループを立ち上げたが、2015年3月期末までに内外で1043社に投資し、そのうちIPOM&Aを合わせたエグジットは195社になった。今年度中に新たに20社が加わる予定だ。成功確率17.6%で、極めて高い。特にバイオインダストリーは大事な投資先と考えている。

21世紀に入ってすぐに、山中伸弥京大教授(現)が世界で初めてiPS細胞の作製に成功し、2012年にはノーベル賞を受賞した。これを端緒にして、日本にバイオ産業を興さなければいかん、と考えた。これまでのファンド総投資額3900億円のうち、バイオ関連は252億円。投資ファンドとしてだけでなく、自らもバイオテク企業3社、SBIバイオテック、SBIアラプロモ、SBIファーマを立ち上げた。このほかにアメリカのクオークというバイオ創薬ベンチャーを買収している。小さいが、ノバルティスファイザーからマイルストーンを得ている会社で、将来性は高い。

ファンドにしろ、自社投資にしろ、選択の基準は、「ユニークで今までにないものをクリエートしていく企業」という点だ。

――投資の際の目利きはどなたが?

バイオテックには新井賢一先生(取締役会長、前東大医科研所長)がいますし、ファーマにも、当社の主要製品ALAの大量生産法を開発した田中徹さん(CTO)や東大などのアカデミアから海外大手製薬のサイエンティストも勤めた中島元夫さん(CSO)など専門家がたくさんいる。

彼らの人脈に加えて大学に寄附講座もあり、人脈は豊富だ。

こういった先生方に相談し、最終的には私自身の勘で決めている(笑)。僕は慶應の経済学部出身だが、もともとは分子生物学をやりたくて医学部を受験した。残念ながら落ちてしまったが、そういった方面への興味はずっと持っており、今もいろいろな書籍や論文を読んでいる。カンを働かせるポイントは、「技術」と経営者の「志」だ。

「技術」に関しては、アドバイザーの先生方をはじめとして必ずしもコンセンサスが得られるわけではないが、経営者がダメなのはダメ。「志」のない経営者はすぐにわかる

――今年に入ってからは、取締役会を乗っ取られてCEOの座を奪われたアキュセラ(東証マザーズ)の創業科学者、窪田良博士の窮地を救いました。

アキュセラは、ドライ型加齢黄斑変性という、現在まだ治療薬のない病気の薬を開発しています。欧米だけでも3000万人の患者がいる。

窪田さんは、慶応義塾大学医学部の助手時代に緑内障の原因遺伝子である「ミオシリン」を発見している。教科書にも載るくらいの大発見で、そのまま大学に残って教授になることもできた。しかしそうはせずに、虎の門病院に移って臨床医として手術の腕を磨いた。

その経験から、目の前にいる患者だけでなくもっと広く患者を救いたいと思うようになって、現在は創薬に挑戦している。脳が得る情報量の80%は目から得ているのに、途中で失明してしまうということは、患者にとって大変なショックであることに気づいたからだ。

窪田さんが開発したその薬、エミクススタト塩酸塩は、現在アメリカの臨床試験でフェーズ2b/3を実施しているところ。もうあと一歩のところまできている。

窪田さんは才能と運に恵まれた人だが、それだけでなく志が高い。人品骨柄も申し分なく、この人に賭けてみよう、と投資を決めた。今年前半の騒動は、ベンチャービジネス経営に対する日米の考え方の違いが背景にある。「経営者と開発者は別でよい。ステージによって変わるべき」という米国式と、「成果を出すまで開発者が全責任を負う」という日本式の考え方の違いだ。ただ、アメリカにはこういった隙を突いて言葉巧みに入り込み、金儲けをしようとする海千山千の輩がいる。これに引っかかってしまった。

窪田さんが相談に来たとき、それがわかった。まったくけしからんことで、すぐに臨時株主総会を開くよう助言し、対立していたオカラガン氏に手紙も書いた。だが言を左右にして株主総会を開こうとはしない。そればかりか、「クボタは能力もないダメなヤツだと社員全員が言っている」「共同研究をしている大塚(製薬)もそういっている」などという。それを文書として出だせと言ってもまったく出てこない。オカラガンの就任以降、ストックオプションなどのインセンティブプランをふんだんに出しているので、役員も皆黙っている。

結局、州の裁判所に訴えて臨時株主総会を開くよう命令を出してもらってようやく臨時株主総会を開くことができた。窪田さんとSBIグループの持ち株を合わせて過半を保有していたので勝てました。

調べてみると、オカラガンという人物はいくつものベンチャーを渡り歩いているが、そのうち2社は潰している。こういう輩に引っかからないようにしないといけない。

日本の大株主は事なかれ主義

――米国で裁判所に提訴するなど難しい案件だったと思いますが、北尾さんの支援であっさり解決に導きました。ここから得られた教訓は。

一件落着はできたが、気になったのは、この騒動が起きた時にほかの大株主や関係する大手企業はまったく動かなかったこと。日本の株主は総じておとなしい。事なかれ主義、日和見主義と言ってもいい。こんな弱腰では、企業対企業の国際紛争に巻き込まれたら、大手自身が対応できずに負けてしまう。

僕自身は日本の中では「異端の経営者」かもしれないが、自分の立場はつねに確認している。今回は「義を見てせざるは勇なきなり」と思い、窪田さんの支援に回った。僕は「論語」をはじめ中国の古典を小さいころから読んできたから、こういうときにどう動くべきか、すぐに判断ができる。最近の経営者に足りないのは大きな事案が起きたときに「何が正しいか」を判断する力だ。

僕は10年以上海外に住んでいたし、ケンブリッジを卒業していることもあって、考え方はウエスタナイズ(西洋化)されている部分もあるかもしれない。最近は何でも下に任せるという風潮があるが、経営トップには、自分ひとりで決断を下さなきゃならんときが必ずあるんです。そういうときに、中国古典をはじめとする教養が役に立つ。古典には危機に陥ったときにどう動くべきかが書かれている。教養がないと正しい判断ができない。休日にゴルフばかりしている経営者ではダメだ。

バイオ事業を収益化、3年以内に株式公開

――SBIグループ自身ではどんな薬を開発していますか。

われわれの目的は「人類の健康増進に役立つ」こと。僕がCEOのあいだにバイオ部門を収益化し、SBIファーマについては3年以内の株式公開をする計画です。

今いちばん力を入れているのは、ALA(アラ、5-アミノレブリン酸)。非常にユニークな天然アミノ酸で、動植物は必ず体内に持っている。人では鉄と結びついてヘモグロビンの、植物の場合はマグネシウムと結びついてクロロフィルの原料になる。ミトコンドリア内でのエネルギー産生に重要な役割を果たすことは1950年代から知られていたが、ワトソン・クリックの2重らせん構造発見の陰に隠れてあまり研究が進んでいなかった。

それを、コスモ石油の中央研究所の研究員だった田中(徹・現SBIファーマCTO)さんが社内の自由研究としてやっていた。最初は肥料として考えていたが、合成が難しいため単価が高くてとても肥料には使えない。それを、田中さんが特殊な発酵法を考案したことで大量生産が可能になった。

その後の研究で、糖と脂肪の代謝を促進させることもわかってきた。植物だけでなく、飼料や、人間用の化粧品、サプリメントなどにもなる。たとえば、家畜の感染症蔓延を防ぐために飼料に抗生物質を混ぜるが、耐性菌ができるという問題がある。ALAは体内のエネルギー産生を活性化する、つまり免疫力が向上して抗生物質が不要になる。

2013年3月には、グリオーマ(悪性神経膠腫)の経口診断薬の承認を取得し、すでに販売している。膀胱がんの診断薬も今年5月から臨床3相入りした。がんの化学療法による貧血の治療薬として、英国での臨床1相が終了したし、国内では埼玉医大で医師主導治験の臨床2相が進行中です。

その他、アルツハイマーパーキンソン病、難治性神経変性疾患、ミトコンドリア病抗がん剤からの腎保護、インフルエンザ重症化阻止、マラリアなど多岐にわたる研究を内外の大学や研究機関とやっている。バーレーンでの膀胱がんではオーファンドラッグ指定が取れたし、大学や病院との研究の進捗は良好で、早く認可が下りるかもしない。健康食品や化粧品もすでに販売しています。

ALAとiPSは広がりのあるテーマ

――今後の開発の方向性は。

やはりiPS。これは広がりのあるテーマ。昨年、投資先のリプロセルと共同で、ALAを使って、iPS細胞から分化誘導した細胞内に残留したままのiPS細胞を選択的に除去する技術を開発した。残留iPSにはがん化のリスクがあることが知られていて、これを除去することは、iPSの応用開発に大変に重要な技術だ。これをテコに再生医療分野にも参入していく。

ALAは病気を治すだけでなく、病気にならない体を作ることができる物質。病気になる以前、未病のうちに治してしまえば医療費の削減につながる。世界で治験を進めており、要件が早くそろったところからどんどん販売していく。最初はALAで日本人を救うつもりだったが、いまでは世界を救おう、という風に社内も変わってきている。

バイオ分野の収益は2015年3月期には税引前利益で73億円の赤字だったが、5年後にはグループ全体の利益の4分の1に、10年後には利益トップにしていく計画。創薬の利益率は高いですから、利益額は3ケタになっているかもしれません。



「アキュセラも狙われる会社になってきた」。窪田良アキュセラCEOにジョークを飛ばす余裕が戻った。

アキュセラ(東京証券取引所マザーズ外国部上場)の創業者であり、メインの医薬品候補物質「エミクススタト塩酸塩」の開発者である窪田博士は、今年1月に取締役会の対立から、いったんCEOの座を追われた。だが、5月1日、経営権を奪還してCEOに返り咲くことができた。20日には新経営体制の発足と経営方針、開発方針を発表している。

自ら採用した人物に突如、反乱を起こされて

アキュセラは、視力を脅かす眼疾患を治療または進行を遅らせる可能性のある治療薬の開発に取り組んでいるバイオベンチャー。そもそも、慶應大学医学部出身の眼科医である窪田博士自身が開発したエミクススタト塩酸塩を、加齢黄斑変性ドライ型の治療薬(飲み薬)として世に出すためにアメリカで設立した会社だ。2014年2月に日本で株式を上場し、1.4億ドル(150億円超)を調達した。

だが、当の医薬品候補物質は、まだ米国で臨床2b/3相の途上(大塚製薬と共同開発)にある。開発の大詰めはこれからだ。にもかかわらず、開発者を追い出す経営の乗っ取り事件が勃発したのはなぜなのか。日本的な感覚では非常に違和感がある。

ことの顛末はこうだ。始まりは、窪田博士が2013年、ブライアン・オカラガン氏を取締役として採用したこと。研究者肌の窪田博士は、かねてから上場企業の責任として「プロの経営者」を経営メンバーに加えたいと考えていた。MBAを持ち、ノバルティスゼネラルマネジャー複数のバイオベンチャーでCEOを努めた経歴を持つオカラガン氏は、窪田氏の想定していた人物像にぴたりと合致したという。しかし、そのオカラガン氏をCOO、社長に取り立てた2014年9月以降風向きが変わり始める。

2014年12月の取締役会で、突然、窪田博士はCEO退任を迫られ、代表権はあるものの会長兼ファウンダーへの棚上げを通告された。社外取締役4名は、創業初期から窪田博士を支援してきた人物で、そのときまでは「医薬品のスティーブ・ジョブズになれ」などと励ましていたという。ところが突然、「経営は経営のプロに任せるべき」と態度を変えた。窪田博士は、なぜ取締役会が豹変したのかわからないままに、いったんは取締役会の決定を受け入れた。

しかし、普段から「不満があったら直接言ってくれ」と言い、従業員の意見にもつねに耳を傾ける窪田博士にとって、何の説明もなく退任を迫られたことは承服しがたかった。また、CEO交代後に新たな経営戦略の公表があるわけでもなく、「これでは従業員を任せられない」との思いが募った。

そこで、創業初期からの理解者である大株主SBIとその代表である北尾吉孝氏の支援を取り付けて反撃に出る。SBIグループと窪田博士の持ち株を合わせると50.28%の過半となるのだ。

SBIが2月には取締役交代のための臨時株主総会提案を経営陣あてに送付。併せて3月には本社のあるワシントン州地方裁判所に同件の申し立てを行った。その結果、5月1日に開催された臨時株主総会の決議をもって窪田博士はCEOに復帰できた。

オカラガン氏を初めとする反乱側の経営陣、社外取締役は全員解任され、北尾氏をはじめとする、窪田博士が以前から信頼しているというメンバーに総入れ替えとなった(北尾氏は5月18日、経営が安定したとして退任)。

今回の騒動を、窪田博士自身は、「日本的なベンチャー企業の経営観とアメリカ的なベンチャー経営との経営観の相違」と説明する。創業者・開発者が最後まで責任を持って製品化していくのが日本のベンチャー観とすれば、米国では創業者は利益が上がれば適当なところでイグジットし経営権は譲っていくのが普通であるというのだ。

しかし、これは「悪口は言いたくない」という窪田博士独特の言い回しであり、実態は上場でキャッシュリッチになった同社の乗っ取りと見るのが妥当ではないか。

実際、オカラガン氏がCEOに着任した1月以降4月末までの4カ月間にストックオプションが2回(対象者4名(1月)と1名(3月))、制限付き株式ユニットの付与が4回(同13名(1月)、3名(2月)、4名(3月)、3名(4月))と実施されているが、その対象者については「従業員」としか公表されていない(執行役員も従業員である)。こうしたエクイティ・インセンティブプランの総額は720万ドル、日本円で約8億5000万円にもなる。

たった4カ月の間にこれだけの回数、金額のばらまきが行われること自体が異常だ。しかもこの間、大きな経営方針の転換も、開発方針の転換も公表されていない。これでは、反乱側の意図が、会社の資産を食いものにすることにあったと見られても仕方がない。

「今回のことで、一緒にやっていくメンバーには、コアの価値観の共有がいちばん大切だと再認識した」と窪田博士は言う。「自分と異なる意見もいったんは受け入れてみる」という窪田博士の性格も研究者としては正しいが、企業経営者としては、付け入る隙を与える要因のひとつになったのかもしれない。

今回は北尾氏という百戦錬磨の強力な助っ人がいたが、今後、資金調達の課程で、株主の分散化が図られていけば、株主対策も難しくなる。「メッセージを絶えず送り続けること、コミュニケーションを取ることでリスク回避を図る」と窪田博士は言う。「良い投資家を得ることはきわめて重要。おカネに色はないと言うが、理念を共有してくれることは大切。サポートしようと思ってもらえるよう、こちらも信頼を得る努力をしなければ」と、気を引き締めている。